【体感】「今について」今とは、全てが行われている瞬間です。それ以外の瞬間では、何も行われていません。つまり実際には、今という瞬間しかないわけです。【今今メソッド】

体感・気づき・方法論
【体感】「今について」今とは、全てが行われている瞬間です。それ以外の瞬間では、何も行われていません。つまり実際には、今という瞬間しかないわけです。【今今メソッド】
質問さん
質問さん

「今今メソッド」をずっとやってるのに何も気付きません。
心の中で「今・今・今」と唱え続けて、何か浮かんだら「今この瞬間」と、強くおもうようにしていますが、何もないので途中で飽きてしまいます。

108さんは何もない状態に、もっと興味を持って下さいとおっしゃってましたが、興味を持とうとしても退屈でだめです。
今を感じるメソッドを繰り返しているうちに、今が分からなくなってきました。
今っていうのは、結局は何ですか?

達人さん
達人さん

「今」とは、全てが行われている瞬間です。
それ以外の瞬間では、何も行われていません。
つまり、実際には「今」という瞬間しかないわけです。

例えば、瞑想とかをやって、静かな境地に身を置いてみる。
あるいは「今、今、今…」と、意識を今この瞬間だけに合わせてみる。

今という瞬間がそれほど重大なものなら、何かとてつもないものが見えてくるのかと期待しますが、そんなものは見えてきません。
あるのは、ただ静けさと「無」のような経験。
なんだよ・意味ないじゃん・とあなた方は思います。

しかし、本当はそうではありません。
ズバリ言うと、それはあなた方の一番深いところ、すなわち神であるあなた自身を感じている場所なのです。

ところが、エゴ特有の「物質的現象化」という観点で捉えてしまうと、ここでは、あたかも何も行われていないように見える。

だから思考を捨て去り、ただじっくりとこの瞬間に身を置いてみることにする。
ただリラックスして、じーーーっとその場所にいることだけに没頭する。

すると、何か感じ始めます。
安らかで、平安で、安全で、揺るがない絶対的なものを感じます。

これは、紛れもなく「神を直に経験している」ということです。
ここでは、神が全てであり、愛であるということも感じられます。
思考や現象化とは全く無関係に、それらは経験できるものです。

こうやって「ただじっと」自分の中心にいることだけにすれば、これを経験できない人は一人もいません。

質問さん
質問さん

今この瞬間は、別の領域なんでしょうか

達人さん
達人さん

前にも言いましたが「別の領域」とは、「エゴとは別の領域」ということです。
物理的に、それぞれの領域に区分があるわけではなく、その視点・観点によって・経験できる世界のことです。

瞑想などで思考を止めて、エゴの活動を取り除けば、エゴからは別の領域として見えた「実際の世界」を経験し始める。
それは神を直に経験していることであり、そこで不足を感じるはずがない。

こうやってあなた方の中で信頼性が充分に高まると、快くコントロールを手放せる心境になる。
その結果、充足を充分に受け取り始めるというわけです。

充足は既に与えられてあるのです。
充足の受け取りを拒否する姿勢が、コントロールしようとすることなのです。
論より証拠、一度、神を経験してみることをお勧めします。

108質疑応答
1566: 108★ :2009/04/22(水) 02:47:33 ID:???0

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