今回はとっておきの秘密をお伝えしよう、これはまさに奥義である。
あなたの感情はなんと、あなたの中にすべてあるのだ。
貴方が嫌な上司に苛立ったとする。
あなたは上司から苛立ちを与えられたと感じている。
違うのだ、あなたの中の多彩な無限の生み出す力により、そのいらだちは最初からあったのだ。
上司との出会い、言葉を交わした瞬間に、あなたはそれを自ら生み出した。
というより、出て来れる切っ掛けが出来たのだ。
前にも言ったが、あなたが今サッカーに興味があり、5年後にはサッカーに飽きて、テニスに興味があり、いずれテニスに飽きて、その後はラジコンに興味が出たとき、それら、興味の対象がなんであれ、あなたの中のワクワク感は同じものである。
つまり、対象など必要ないのだ。
あなたの中の感情が起こされるきっかけがほしいだけなのだ。
あなたの中にすべてある。
ではあなたが好ましいと感じる、いわゆるポジティブな感情を自在に引き出せるようになれば、あなたは常に幸福の絶頂にいるだろう。
もちろん、趣味といわれる外的要素など、なんの意味もないことに気付く。
それは、幻を見破っているのだ。
あなたは何もせずとも、常にワクワクしているのだ、根拠という理由は必要ない。
さらに、普段ネガティブと感じていた出来事に遭遇しても、それをワクワクが引き出されるトリガーにすることも容易なのである。
すべて、あなたの中にあるのだ。
高級外車も、最高の異性も、リッチな暮らしも、すべてあなたは持っているのだ。
高級外車が欲しいとして、それはどんな感情なのだろう?
最高の異性との暮らしや、あなたが切望する最高の暮らしが叶ったとして、それはどんな感情なのだろう。
その感情を、仮にAとする。
前述したとおり、Aは、あなたが生み出す物だ。
外的要素は、単にあなたの中にあるものを発生させるきっかけを与えるに過ぎない。
では、高級外車も、最高の異性も、最高の暮らしも、何の力もないことがわかる。
実際にそれらを手にしても、いずれ喪失への恐怖や、それに飽きて、さらなる渇望などの苦しみが生まれるだろう。
なぜならば、ただのきっかけのイベントでしかないからだ。
ということは、あなたが自在にAを生み出すことができれば、結果的に、高級外車や、最高の異性や、最高の暮らしを得ていることと同じ境地に立っていることになる。
さらに凄いことがわかってくる。
あなたの外部にあるすべてのものは、あなたの感情を起こすきっかけイベントなので、目の前のタンスも、椅子も、鉛筆も、テレビも、通り過ぎる人々も、雑誌の流行アイテムも、それらが何の力も持たない、つまり、それらはないのだ。
なぜならば、あなたが何かを見たとき、触れたとき、聞いたとき、必ず心の中で何かが生み出されている。
その生み出したそれこそが、あなたが見た、触れた、聞いた、それなのだ。
実在はそれというコードがあるだけで、その解釈は、あなたの中の翻訳機が行っている。
つまり感情が、あなたの世界を形成しているのだ。
これは、とてもリアルな話である。
すべてをAにすればよいのだ。
物や出来事を認識する、認識とは何か、それは感情である。
感情は波動である、目では見えない、数値で表すこともできない。
内臓器官でもないが、あなたの中にある。
常に生まれ、そして消えていく。
単に固いや冷たいを認識する小さな感情から、体を蝕むほどの病気を生む大きな感情まで、あなたは感情発生装置である。
感情に思考が含まれると、苦になる。
つまり、冷たいものを感知したとき、頭の思考でうわ、冷たい物を触ってしまった、凍傷になったらどうしよう、これはまずい、と妄想、つまり幻に幻を与えていく。
正直、これは必要ないものだ。
ただ感情だけでよいのだ、それを思考につなげないことだ。
感情を感知したその瞬間、あなたは快楽を得ている。
感じることのエクスタシーを得ているのだ。
だが、過去の経験や知識、自分を取り巻いていると思い込んでいる思考などで、そのエクスタシーを途端に忘れ、妄想に走り出す。
すべて快楽なのだ、そこに気付きなさい。
さっきは、すべてAにしなさい、と言ったが、無理にAにするのではなく、そのエクスタシーの瞬間だけを捉えなさい。
そうすれば、すべてAになる。
あなたの世界は、極楽モードに切り替わる。
メソッドを伝授しよう、私のオリジナルだ。
上司に嫌みを言われる、支払いの不安を感じる、異性に相手にされないなど、心で何かを感知した時、「嗚呼、快楽、エクスタシー」、と心の中で常に唱えよ。
感知した瞬間が大切だ。
この呪文を唱えれば、その後になぜかいつも繋がっていく、思考の迷路に迷い込まない。
メソッドが習慣化してくれば、感知する瞬間の、さらにドアタマ部分を捉えることができる。
そこまでくれば、呪文すら唱える必要もない、ただ快楽があるだけだ。
ネガティブも、ポジティブもない、ただエクスタシーがあるだけだ。
ネガやポジは、実は感知した後に、思考が勝手に付けていただけのことであると、すぐに理解できる。
何を感知しても、「嗚呼、快楽、エクスタシー」だ。
すべてに感謝をしなさい。
すべてはあなたの中にある感情を生み出すきっかけの役割を持っている。
ただ、それらに頼ってはいけない。
それは、自分を外部に同一化することになる。
永遠にゴールのない、苦行が待っている。
にぎやかな通りを歩けば、あなたの頭の中はどれだけおしゃべりを続けるか?
おしゃべり=思考である。
思考のきっかけは、感情である。
感情は、あなたの中で生み出される、エクスタシー物質だ。
エクスタシーが発生した時点で感じきれば、その後の思考に繋がらない。
あなたが賑やかな通りを歩けば、エクスタシーを感じるきっかけが山ほど出てくる。
常に幸福、至福のまっただ中だ。
自分さんの言ってる事、すごく、解るんだけど、この考え方、サラリーマンしてたら無理だよね?
ひっかかるものを、スパっと諦められたらいいんだけどな。
あなたは奥底ではわかっているのだろう。
つまり、その引っかかっているものを捨て去ればよい。
捨て去り、その後、あなたの人生にどのような展開を見せても、それはそういうものなのだ。
あなたはあのとき捨てたから、今があるんだと、それが理解できるだろう。
つまり、あなたは結果に守られている。
あなたの大いなる自分、神、本来の自分、それはつまり、結果の自分である。
以前にも言ったが、未来から今を見据えなさい。
そうすれば、未来も、今も、過去も、分け隔てるものの境界が消えていく。
サラリーマンで妻子を抱えて、四苦八苦した生活を送っているのならば、なぜ四苦八苦しているのだ?
それをやめてもいいし、続けてもいい。
あなたには、いわゆる結果があなたを守ってくれている、それに気付きなさい。
20年前の少年時代を思い出しなさい。
受験やら進路やら、日常の出来事に対して、悩みも不安もあっただろう。
何かを目指していただろう。
だが決して成功をおさめる必要などなかったと、今、そこにいるあなたは知っている。
いまのあなたは、少年のあなたにとって、全知の神である。
それなら、今とはまた違う、別の現実になっていたんじゃないですか
パラレルワールドなどと称される話のことだな、そんなものはない。
あなたが進んだ、今その場所がすべてだ。
あなたがそれ以外を選ぶことは、ありえない。
なぜなら、いまそこにいるからだ。
一体どれだけの奇跡を起こしながら、あなたはそこにいるのだろうか。
いまそこにいるのは、度重なる偶然の出来事の繰り返しだろう。
決断した判断により、たまたまそこまで行き着いたのだろう。
大きな抽象視野で見れば、つまり結果から見れば、奇跡も偶然もなく、必然だったことがわかる。
あなたが、7年と3ヶ月13日前の、午後18時21分に、あの道を歩き、名前も知らないおばさんとすれ違ったという出来事も必然だったのだよ。
それら必然があるから、いまのあなたがそこにいる。
私の話、そして数あるスピリチュアル、仏教などは、あなた方が当たり前と思い込んでいるすべてを、ひっくり返すところからスタートする。
そうして初めて気付くのだ。
未来から見据えるというのは納得だが、しかしそれは、目的とどう違うんだ?
仮に幸せな家庭を夢みたとしよう。
結果を強く想像すると、体が協力して勝手に動いてくれることもある。
あのとき捨てたから今が在る、それは逆に、あの時、頑張りまくったから今が在るともいえる。
例えば、簡単とはいえない試験に受かったような時、実務や金銭面では全く役に立たなかったとしても、自信という何より得難いものをえるだろう。
あなたが自ら選び、進んできたという錯覚を見抜きなさい。
前にも言ったが、度重なる偶然が、いまのあなたを、そこへ運んできた。
だが、それらは偶然ではなく、必然である。
あなたが幸せな家庭を夢見るのであれば、そういうあなたがそこにいるだけだ。
あなたが世界に破滅をもたらせたいという思いを持っているならば、そういうあなたがそこにいるだけだ。
あなたをそこへ運ばせたそれが、あなたを形成していることになる。
では、あなたが今望む理想の世界や、あなたが自負している過去の経験による自信というのは、誰があなたにそう思わせているのか。
それは、過去のあなただ。
昨日までのあなたを、いまのあなたとは別人として捉えてみなさい。
その別人が、今日のあなたに、その知識を教えてきたのだ。
それを鵜呑みにしているあなたが、いまそこにいる。
では実際のところ、あなたとは何なのか、あなたの理想とはなんなのか、あなたのこれまでに起こった成功や失敗は、果たして本当に成功や失敗だったのか。
すべては幻である。
あなたはあなたの人生という箱庭の中で、勝手に四苦八苦しているだけだ。
そこに答えを求めても、それはあなたが用意した答えがあるだけだ、問いの時点で答えである。
あなたの人生は、あなたそのものである。
つまり、あなたが疑問を持ち、答えを求めても、あなた基準の納得した答えがやってくるだけである。
私があなたの納得のいかない答えを返したり、あなたに納得の行かない出来事が起こったり、それらは、あなたにとって納得のいかないという存在である。
つまり、あなたは捨て去るだろう、それがあなたにとっての答えだ。
つまり、答えはあなたの中にある。
言い換えれば、答えなどないのだ。
答えという概念を、勝手に作っているだけである。
あなたがルールであり、世界である。
あなたがOKとすればOKであり、好きとすれば好きなものなのだ。
すべて、あなたの基準である。
前にも書いたが、エベレストに行こうが、深海に潜ろうが、常にあなたは、あなたといる。
この非常にくだらない、実に単純なシステムに、多くの人が気付かない。
すべて、あなたの中のお話なのだよ。
◆◆「ザ・マネーゲーム」から脱出する法13◆◆
358 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/07/01(月) NY:AN:NY.AN ID:4cFYjsMb