【方法論】【詭弁さんpart17】「あなたはただずっと、今にあり続けているもの」あなたは、たかが反応ごときの存在ではないのだよ。「反応」を超えた主体性・全体性・存在そのものといえる。

達人part
質問さん
質問さん

最近は「既に叶っている」が分かってきた。
叶っているから何もしなくていいやって本当に思う。

達人さん
達人さん

あなたが色々実現してきたのは、ひとつの願望や人に執着することは無かった、この一言に尽きる。
ものごとに執着がないというのは、認識してきた記憶の中の世界を真実として強く維持しないということだ。

結局、認識してきた記憶をたった一つの過去・真実だとして捉えれば、永遠にそこに振り回される。
しかも、それを維持する記憶は、その記憶からは逃げられない。
潜在意識に対する理解だって、記憶があるから、理解だの理解してないだのが生まれる。

そこで、記憶が、今におけるただ一つの真実ではないと気付けば、理解してるとかしてないとかなくなるわけで、その時点で不足などないわけだから、既に完全に満たされている。
何が叶ってるとか、叶ってないとか、そんなものがなくなる。
今ここにおける真実→不明となる。
そうすれば、今ここに、記憶の中にしまわれている世界以外の可能性世界の全てが流れ込んでくる。
それこそ、記憶で考えうるものを遥かに越えた、怒涛の充足ともいえる。

ただそれも、叶えるためにやると、結局記憶の中にしまわれている世界をたった一つの過去・真実だと認識しているところからどうしても抜け出せない。
じゃあどうすりゃええのん、となるのだが、そもそも、前も話したが、あなたの思考や行動、感情全ては結局、どう足掻いても記憶の中にしまわれている世界をたった一つの過去・真実だと認識しているところからは抜け出せない。
顔を認識しているという前提で飛び出てくる思考であり、感情であり、行動だからだ。
記憶に応じた半自動的反応が思考であり、感情であり、行動だからだ。
だから、思考や感情、行動はどうあがいてもそこからは逃げれない。
それはまず認めること。

つまり、その範囲内において、裏側の真実を明らかにする為に「何もしなくていい」。
思考や感情、行動はもう出るに任せればいい。
裏側の真実を見ようとすること自体、今が表側の真実という前提に基づくものだからだ。

記憶からは抜け出さなくていいのだ。絶対に記憶からは抜け出せない。
抜け出そうとすること自体、記憶をより真実として維持し続けることになる。
記憶が真実では無いのだから、何もしなくていいのは当たり前の話だ。
ただそれだけだ。
と、同時に、記憶は消せないのだから、記憶に応じた自動的反応としての思考や感情、行動も消せない。
だから消さなくてもいい。何もしなくていい。

質問さん
質問さん

例えば鏡みて「不細工だなあー」と思ったときに、「これは一部分しか見えてないんだなー、全部あるのに」と流す感じで過ごせばいいのかな?

達人さん
達人さん

あなたのその言葉全てが半自動的に出てる。
今までの記憶と理解、そして、自己認識や、もろもろをトータルとして、ほぼオートマで出てる。
それをどうにかしようとする反応すら、自動的に出てる。

だから別にそれはもうそれでいいじゃん。
記憶消せないでしょ?どうあがいても思考では今までの認識から逃れられないんだから、ほっとけ。
何思っても何感じても、その結果何をやっても、記憶は消せないし、
出ちゃうもんは出ちゃう反応なんだから、しょうがないじゃん?だから別にいいじゃん。
そして全ての営みから解放されるんだよ。

質問さん
質問さん

一つ一つの思考に意味なんてなくて、半自動的に出ては消えてくのはわかるけど、「金持ちになりたい」とか「就職したい」という願いはどうしても無視できません。

達人さん
達人さん

もう一度言う。
あなたのその言葉、思考、その全てが半自動的に出てる。
今までの記憶と理解、そして、自己認識や、もろもろをトータルとして、ほぼオートマで出てる。
それは、一部の思考ではない。全てがそうだ。
思考をどうにかしようとする反応すら、今までの知識から、自動的に出てる。

だから別にそれはもうそれでいいじゃん。記憶消せないでしょ?
どうあがいても思考では今までの認識から逃れられないんだから、ほっとけ。
何思っても何感じても、その結果何をやっても、記憶は消せないし、
出ちゃうもんは出ちゃう反応なんだから、しょうがないじゃん?だから別にいいじゃん。
願望だって、金持ちになりたいとか、就職したいとか、勝手に出てくるもんは仕方ないんだよ。

あなたが毎日満たされないのは、顔を認識しているからだ。
そして蓄えられた記憶があるからだ。あなたは何も悪くない。
顔を認識してるんだから、そういう記憶があるんだから、そりゃしょうがないよ

だから、もういいじゃん。取り組まなくて。
ていうか、最初から本質的には何も取り組んでないんだよ。
その認識外に出ることは、自我には不可能なんだから、外側からの取り組みなんて不可能なんだよ。
コントロールしようとか、取り組もうとか、取り組まないようにしようとか、フラットでいようとか、観察者でいようとする試みすら、顔を認識してるから起こる衝動なんだよ。
自由意思なんかあるようでないんだよ。

全ては、ただ、今までの認識と今の認識に基づいた、思考や感情、行動という「反応」が出てきてるだけ。
それはどうこうしようとして、出来るものでもないんだ。

目の前に道があるから「歩く」という反応が出てくる。
通帳残高が0だから「絶望や金持ちになりたい」という反応が出てくる。
そんなもんしょうがないじゃん?

仮にさ、既にあるがわかったからといって、その知識があるからこそ、通帳残高が0でも「既にある」という反応が出てるだけなんだよ。
別にどちらも、与えられたものに対する反応がポジティブなのかネガティブなのかの違いであって、反応であることには変わりないよ。

既にあるは別にそういうことではない。
既にあるは既にあるであって、あなた方の捉え方としての「反応」の問題ではない。
これであなたも、オール手放しだろ?
全的に疑似的な無我として生きるんだ。

達人さん
達人さん

たとえ私の言ってることが一時的に理解できて「嬉しいとか、納得」という反応が出ても、「わからない、絶望」という反応が出ても、しばらくして「やっぱりわからない、絶望」という反応が出ても、全ては反応であって、良くも悪くもない。
等価値。どうでもいいもの。

「あなた」がどうこうしようとしなくていい。
どうこうしようとすることすら「反応」だから、結局「あなた」は何もしなくていい。
というか、「あなた」は最初から何も出来ないし何もしていない。

「あなた」は「反応」ではない。
「あなた」はただずっと今にあり続けているものだから、
「あなた」が納得するとか、悟るとか、そういうのはあり得ない。それはただの「反応」。

質問さん
質問さん

何しても正解不正解なんてないから、思いっきりやればってこと?

達人さん
達人さん

部分的に「反応」なのではなく、全ては与えられたものに対する「反応」。
あなたのレスも私のレス、という世界に対する「反応」。
全てに愛を感じた、とか、愛に包まれましたってのもただの「反応」。別に良くも悪くもない。
ただ、それがなきゃ理解してる気がしないという感覚も「反応」だから、別に良くも悪くもない。

それってこういうことなの?と私に確かめるのも、
今までの認識と今の認識、そして記憶をもろもろ総合して、出てきた「反応」。
そこに「あなた」そのものはいない。

別に自分のせいじゃないと突っぱねてもいいけど、私の言ってるのはそういうことではない。
何か嫌なことをしちゃったら、申し訳なく思うのもいいし、逆ギレしてもいい。
そういうのは全て「反応」だから、「あなた」ではない。

多分、ちゃんと読めば読むほどわけがわからないかもしれないが、それもただの「反応」であって、良くも悪くもない。
全てに良くも悪くもないと思え!とかそういうことではないけど、そういう風に感じるのもただの「反応」。良くも悪くもない笑

質問さん
質問さん

全部反応なら、俺は理解もできない

達人さん
達人さん

あなたは理解できるわけがない。
あなたは幸せにもなれないがあなたは不幸にもなれない。

理解したとか、してないとか、満たされている、満たされていない、そんなのは与えられた状況に対するただの反応なのだから。

あなたは、たたが反応ごときの存在ではないのだよ。
全てに反応していない、熟睡という状態を経ても、あなたは不滅だろ?
「反応」が無くなっても、「あなた」は滅びない。
その時点であなたは「反応」なんてものじゃないんだよ。
「反応」を越えた主体性・全体性・存在そのものと言える。

夢を考えて欲しい。夢の中の全ては、「あなた」が作っており、その中の感情や思考、行動は、「あなた」が作り出したものに対するただの「反応」だろ?
あなたは夢の中の一部の「反応」という存在ではないだろ?
夢という主体性・全体性・存在そのものだろ。

少し言葉を変えて、もう一度いう。

現実を考えて欲しい。現実の中の全ては、「あなた」が作っており、その中の感情や思考、行動は、「あなた」が作り出したものに対するただの「反応」だろ?
あなたは現実の中の一部の「反応」という存在ではないだろ?
現実という主体性・全体性・存在そのものだろ。

質問さん
質問さん

今している反応の話って、そもそもが百発百中に絡んでた話だった気がするんだけど、もうよく分からんな。

達人さん
達人さん

今の話は百発成功の話だ。
要は全的な手放しができればそれでいいのだが、ただそれだけを言うと、手放しすれば叶うぜ!みたいなことになる。それは手放しでもなんでもない。
狙うことをやめて適当に打ってりゃ当たるぜ!と何も変わらない。

結局、ただの反応である思考や感情、行動を自分とみて、反応の立場から本来の自分である世界そのものにアプローチしてるのだから、それは夢の中で必死に成功しようと頑張ろうとしてるだけ。

夢を自分が作ってるのに、夢をいつまでも覚まさせないまま、それを固定して、その中で叶えようとしてれば、世話ないだろ?

質問さん
質問さん

よく、自分 =世界ってのがよく言われてるけど、目の前にいる猫を1から自分がつくりだしたとは思えない

達人さん
達人さん

現実も夢も同じだよ。
夢の中でだって、もし夢を見てる時に猫が出たとしても、目の前にいる猫を一から自分が作ったなんて思えないでしょ?
それは思考や感情がただの反応にしかすぎないからなんだよ。

別に理解できない話ではないと思うけど、あなたの中でそれだけ現実が確固たるものとして君臨しているってことだよ。
ただそれも、「反応」にしか過ぎないから、結局は何一つ改善する必要などないんだよ。

質問さん
質問さん

分かった部分もあるが、反応の話は マジで分からんかったよ。

達人さん
達人さん

少し、叶える立場寄りにわかりやすい表現ではある。
が、今までの言葉では理解できないという「反応」が出て、今のこの言葉で理解という「反応」が出たのは別に良くも悪くもないし、どちらが良いとか悪いとかもない。

理解したからといって、「反応」という立場から世界を変えようとしてもまた元の木阿弥。
世界そのものである「あなた」は何も改善できず、改善する必要など何もない。
改善しなきゃ、理解しなきゃ、という「反応」が、認識に応じて勝手に沸き起こるだけだ。

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