【方法論】【詭弁さんpart21】「幸福が幻だと気づけば、ゲームを終わらせる意味すらなくなる。」頭では「今ないものを求める」そのゲームからは逃れられない。だから、終わらせなくて良い、何もしなくていい。

達人part
【方法論】【詭弁さんpart21】「幸福が幻だと気づけば、ゲームを終わらせる意味すらなくなる」頭では、今ないものを求めるゲームからは逃れられない。だから終わらせなくて良い、何もしなくていい。【再編集】
質問さん
質問さん

幸せってさぁ、感じることのできないもんなんだと思う。

達人さん
達人さん

その通りだし、もはやそれを幸せと呼ぶ必要すらないの。
感じられるものではないから、求めるものでもないわけ。
それを源泉と呼んでも、ワンネスと呼んでもいいし、だから何レベル。
よくわからない何か。

質問さん
質問さん

「お金は欲しい」 でも働きたくない みたいな「二律背反」なんですけど詭弁さんはどう対処してますか?

達人さん
達人さん

まず別に二律背反については、私は対処していないので、答えようがない。というのが答え。
二律背反が原因だとしても、原因を潰して、対処する必要はないよね。

あと、ブレインダンプって、自分の思いに気づくというのもあるけど、単純にストレスの捌け口みたいなところがあるから、もうちょっとさ、形式ばらなくてもいいから、頭の中に湧き出す思いを書いてみればいいのではないかな。

ブレインダンプをどうすればいいのか悩んでたらブレインダンプにならないよ。
叶えるためにやってない?
別に気づくとか、掘り下げるためにやらなくていいから、ガンガン思うこと書きなぐりなよ。
ちゃんとした答えになってなくて申し訳ないが、こんなところかな。

質問さん
質問さん

人に対して愛を与えるという行為、、見返りを求めない行為が出来ません。

達人さん
達人さん

単に疑問に思ったのだけど、なぜ人に対して見返りのない愛を与えようと思うの?

質問さん
質問さん

みなさん、ただただ愛を送れっていうからです…

達人さん
達人さん

まず、与えたり与えられたり送ったり送られたりするのは愛情であって、愛ではない。
愛は、極悪人から地を這うゴキブリ、最愛の人全てに等しく注がれるものだ。
それは、愛を送るとかそういう次元のものではない。
だから、愛情を送る事で、自分が満足するのなら、それをすれば良いし、しないのなら、しなくていいじゃないか。

そもそも、見返りを求めない愛など送れるわけがない。
だって、「送る」のだから、何らかの行動動機はあるだろう?
何のリターンもなければ、愛を送ろうとは思わないだろう?

あなたが裸で外を走り回ろうとは思わないのと同じだよ。
何のリターンもないと思われることを、あなたはしない。
でも、愛を送ることと裸で外を走り回ることはあなたが勝手に分類してるだけで、別にどちらも変わりはない。

愛を送ることにはそれっぽい響きを感じて、リターンを感じるからやろうと思うんだろ?
裸で外を走り回るのは全然それっぽくないし、下手すりゃ捕まると思うから、
やろうとなんて絶対思わない。

何が言いたいのかというと、「何かをする」ことに「何らかの期待をする」ことは当たり前なんだから、
やりたくないならやらなくていいし、やりたいならやればいいじゃんということ。

質問さん
質問さん

自愛で「今あるもので満足する」領域を目指せばいい と言うことでしょうか?

達人さん
達人さん

今あるもので満足する内面を目指すこと自体が、今ないもの(内面)を求める試みに他ならないよね。
例え、その状態で今あるものに一時的に満足しても、今度はそれすら失われる恐怖に苛まれるだけだよ。

質問さん
質問さん

ブレインダンプもアファも自愛も毎日やってるんだけどさ、やればやるほど「自分はまだ持っていないから、こんなにも集中してやっている」っていうのが強くなる。

達人さん
達人さん

頭は、今ないものを求めるという営みからは絶対に逃れられない。
その営みこそ、幸福実現ゲームだ。

腹が減れば飯を食い、腹が満たされればこれ以上満たされることを拒む。
眠くなれば眠り、眠くなくなれば起きる。
興奮すれば相手を探して、興奮を収めるために行為に励む。
暇になれば暇を潰し、忙しくなれば暇を求める。

そういうのが、自分の思い通りにいかないとストレスに感じ、ある時は祈りある時は自愛し、ある時は既にあると念仏のように唱える。必死に努力する。
全てが全て、自分の思い通りにいけば、それはそれで退屈になり、虚しくなり、本当の幸せとは何かとか哲学的なことを考え始める。
満たされなくても満たされてもクソゲー。
一見それは、八方塞がりのように考えられる。

ただそれは全て、頭の中で「世界」を勝手に解釈しまくった結果なんだよ。
ただの行為・風景を頭の中で解釈するから、不足そしてそれに伴う充足が現れるんだ。
「叶える」そして「今ないものを求める」という概念は、頭の中にしか存在しえない。
が、逆に頭の中にはそれしか存在しえない。

腹が減り、飯を食うという一連の所作に不足と充足という循環性を見出し、金銭の有無に勝ち負けを見出し、人生に幸不幸を見出し、終わりのない幸福実現ゲームを創り上げているのは、頭の中だけだ。

ゲーム自体は本来どこにも存在していない。
幸せ自体は本来どこにも存在していない。
勝ち自体は本来どこにも存在していない。

幸福実現ゲームを終わらせずに何でもかんでも叶うようにしむけるのは、幸福実現の手段を次々と潰していくだけであり、どんどん幸福実現のハードルが上がるだけだ。
一時的に満たされることを繰り返し、ハードルだけが上がり続けて、しまいには幸福が得られなくなり、絶望するだろう。

幸福実現ゲームは、ずっと勝ち続けても最終的には負けざるを得ないんだよ。
叶えたい願望が全て叶ってしまい(=勝利条件がなくなる)、幸福になれなくなるからだ。

大切なのはまず幸福実現ゲームを終わらせることであり、先に願望を叶え尽くすことなどではない。
ゲームを終わらせるゲームをすることでもない。
大いなる解放や悟り、アセンションを求めるゲームでもない。

終わらせるということを頭で考えたら終わらない。
頭では「今ないものを求める」そのゲームからは逃れられない。
だから、「終わらせなくて良い、何もしなくていい」んだよ。

大切なのは幸福実現ゲームを終わらせることだが、その先にあるゲームからの解放、すなわち幸福実現を見つめていては終わらない。
幸福が幻だと気付けば、ゲームを終わらせる意味すらなくなる。

質問さん
質問さん

「みんなエゴは」、どこまで受け入れて どこまで無視している?

達人さん
達人さん

何がエゴで何がエゴじゃないとかいう話は、割とよく焦点が当たってるように思えるけど、人それぞれエゴの定義が違うからなんとも言えないよね。
だから、あまりエゴという言葉は使わない方がいいと思うし、私は極力使ってないのだけど、強いていえば全部エゴなわけで、エゴがエゴを殺しにかかるみたいなことをやってもそりゃ苦しいわけで。

なぜエゴという概念的で曖昧ものとバトルしたがるのか…
頭ですべての行動動機を突き詰めて行けば、頭はエゴの営みから決して逃れられないことがわかると思うのだけど。

質問さん
質問さん

百発成功は、あらゆるメソッドの本質の在り方、満たされて生きること、ですか?

達人さん
達人さん

細かく補足すると、百発成功において、全てはしてもしなくてもいい。
達成のためのメソッドではないから、手放せ!普通に生きろ!満たされて生きろ!
無条件に幸せであれ!内側に真実を見出せ!…とかではない。
だから、「満たされて生きること」は決して強要されていない。
が、結果的には満たされて生きることにはなるだろう。

こんな言い方は希望を与えかねないが、百発成功とはあらゆる呪縛からの解放であり、幸福実現ゲームのプレイヤーから、単なる表現者(アーティスト)に変わること、と言えるかもしれない。

ゲームをやめ、アーティストとして生きるのが百発成功。
ゲームをやめず、プレイヤーとしてゲームをクリアするために実現能力を高めるのが百発百中。

アーティストには何の義務も束縛も制限もないが、プレイヤーにはゲーム上の義務や束縛、制限、目的があり、その盤上でゲームをクリアするためのテクニックが存在する。
そのテクニックが、潜在意識の活用なりアファメーションなり自愛なり…etc なんだ。

質問さん
質問さん

「何もかも一切関係なくて、何をしてても、考えてても、感じてても、何もかも全部大正解」みたいな感じになってるんだけど、こういうことなのかな?

達人さん
達人さん

そうだね。正確には、アーティストには何が正解で何が不正解というのはない。
だから全部正解とも言えるし、全部不正解とも言える。

一つ一つが、本当にただの表現でしかない。
希望も絶望も幸福も不幸も、ただの表現だ。
世界に現れた、あなたの表現であり、色。

あくまで私の印象だけど、希望が白なら、絶望は黒、幸福はピンク、不幸は青ってところかな。

色には、優劣などない。その時々であなた方は世界をカラフルに彩っている。
その全て、瞬間瞬間がアーティストとしての大前提である、あなたの最高の表現だ。
それをあなた方がプレイヤーとしての視点で、最悪と思っていたとしてもね。
「最悪だと思っている」ことそのものが最高の表現なんだよ。
あなたがその内容でレスをしたこと、それも一つの表現。いいも悪いもない。

実はプレイヤーとして振る舞うのも、アーティストとしての一つの表現ではある。変な話だが。
だから、まず、あなた方は実はずっとアーティストとして存在し続けている、という大前提がある。
誰もここから外れている人はいない。

なんというか、言葉でうまく伝えられないんだけど、あなた方は既にアーティストではあるんだ。
その上で、プレイヤーとして振舞うのか、アーティストとしての自分に気づくのか、そこがちょっとした違いとは言える。

「願望を実現しようとする」のがプレイヤー
「願望を実現しようとするプレイヤーの表現をする」のがアーティストだ。

なんというか、アーティストは空間そのものの全ての表現者なんだよね。
決してそれになることはできない。既にそれだから。

質問さん
質問さん

真の達人は、世界の原理についての言葉を発しない。
聞く人(=苦しい人)を創っているのは自分だと理解しているから。

達人さん
達人さん

私も最初の頃そういう話をした。
確かに達人と言われてる人は、割と持て囃されているような人でさえ、それがわかっていない人も居る。
…ただ、あなたは別に苦しんでいる人を救いたいという思いでそのレスをしたわけではなかろう。
それに気付いているのだから。

そして、気づいたからこそ、それを言いたくて、レスしたんだろう?
言っても意味がないのは分かってるけど、言いたかったんだろう?
あなたが作った世界に、その言葉を。
あなたの世界にあなたが作った、「達人」と呼ばれる存在に、その言葉を。

少なくとも私や、気づいた上であえて言葉にしている達人なんかは、あなたと同じ思いなんじゃないかな。
ただ、それに気づいた後に、別に意味なんかないけど言いたがりになるのか、意味がないからこそ何も言わなくなるのか、そこが違う。

あなたがたった一つのレスであれ、その内容を世界に向けて発信したということと、動機は同じ。
それが長く続くか一言で終わるかの違い。長く続けば達人と呼ばれるようにもなるだろうね。
ただ、私も、「本気で」人々を救う気持ちで教えやアドバンスを説いて回ってる存在に対しては、潜在意識的な観点からすれば「それは違うだろ」と断ぜざるを得ないよね。

まさに願望実現ゲームと全く同じことをやってるわけだよ。
人類救済という願望実現ゲームだ。
規模が馬鹿でかくなっただけで、やってることは信者と同じだ。

結構そこに、「達人」という存在に対する矛盾を感じていた人も多いと思う。
だからこそ、全て詭弁なわけで、達人とやらの話なんか話半分で聞いてていいんですよ。
そして、本当は詭弁すら詭弁、全て詭弁と切り捨てる必要すらないという
わけのわからないことになるんだよね。

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