【方法論】【詭弁さんpart26】「願望が幻想と見抜ければ、不足はなくなる。」記憶の枠の中から真実を開放しなきゃならない。それがあるがままに任せる状態だ。

達人part
達人さん
達人さん

叶ってないという認識はあきらかに記憶に騙されているが、逆に叶っているという認識も記憶に騙されている。
記憶に騙されていない状態というのは、今目の前にある物しか知らない状態なんだよ。
目の前のものしか知らないなら叶ってるも叶ってないも無い。
記憶がないから、日本語という言葉も知らないはず。
だから、形容もできない『それ』があるだけ。
そして、それしか知らないから、それに対して喜びも悲しみも抱きはしない。

ただ、私達は基本的に記憶に騙されている状態がほぼデフォルトと言っても過言ではない。
あえて騙されることで、ゲームとして楽しんでいる部分もある。
サッカーというゲームは、皆がルールという幻想を共有し、それを信頼することで成り立つ遊びでしょ。
貨幣などのあらゆるものの価値も、その幻想を皆が共有し信頼するから成り立っている。
そして、幻想を共有するからこそ、そこに喜びも悲しみも勝ちも負けも生まれる。

ゲームとは、ルールという幻想を真実としないと成り立たないの。
つまり、記憶という幻想を真実とするからこそ、願望実現ゲームがゲームとして成り立つの。
五感を通して認識し、記憶を通して蓄積されるものがあるからこそ、時間という概念が生まれ、今と過去、あるいは今と未来が生まれる。
そこから比較が始まり、ストーリーが生まれ、あらゆる二極が生まれる。

こういうのが、本当は全部、幻想だということ。
その幻想の上でしか出て来られない思考や感情は、本来はおかしい。
お金があるから豊かに思うというのも、殴られたから怒るというのも、記憶という幻想の上で踊らされているだけなんだ。

だから、何々が好きとか嫌いとかいう思考や喜びや悲しみの感情がなくなるわけではないけど、それが幻想の上で踊らされている一つの反応、いわゆるエゴに過ぎないとわかる。
思考や感情に振り回されなくなる。

変な言い方だけど、どうあがいても踊らされているのがわかるから、素直に踊らされるようになるんだよ。
それを冷静に見てる何者かに意識の割合を多く割かれる状態になっていく。

質問さん
質問さん

どうでもいいものばかり手に入るのに、本願にはずっと手が届かないです。
本願を叶えることで、苦しむことを終わらせたいのですが、どうか助けてください。

達人さん
達人さん

あくまで『現象化していないから、させたい』という認識で話すけど、まず、引き寄せの法則とか、シークレットっていうのは、実際にそれを頭で考えて実践ってなると、どうしても後一歩のところでつまづくことが多い。

既にあるとか、叶う確信を持てとか、著書の中で推奨されている心理状態と、そのメソッドを行う行動動機が相反するから、頭で考えれば考えるほど、矛盾が起きる。
そして現実に証拠探しをして、現象化してないから落ち込み、自分は間違っているのではないかと更にナイーブになる。

だから、通常の認識下で願望を実現させるには、そういう矛盾を気に留めない器用さと、傲慢さ、そして潜在意識への信頼が必要なんだ。

潜在意識を活用した願望実現の実践において一番の障害となるのは、それを活用せねばならないほど当人が現実的な実現可能性に対して消極的過ぎるという心理状態だ。
まあ、だからこそ潜在意識に頼っているという状態なのだけどね。

現象化という概念から離れることを考えずに、願望を実現させたい場合、そのジレンマをねじ伏せる器用さ、傲慢さ、潜在意識への信頼感がなきゃダメだ。
その器用さがあれば『なる』や『既にある』も効果的だし、傲慢さがあれば、全部関係ねぇ関係ねぇ言ってても叶うだろう。

いちいち現実を再確認するということは、そういう器用さが低いのだろうから、まずは重要度の低い願望から叶えてみて、力への確信を高めてはどうかな。
あなたの場合どうでもいいことは叶ってるのだから、本願もそんなに不安になることはないんじゃないかとは思うよ。

質問さん
質問さん

器用にやるというのは、矛盾を無視して一つのやり方に徹することなのですか?

達人さん
達人さん

あなたはどうでもいいものは簡単に叶うという皮肉な真理は既に知っているのだから、本当はどうすればいいのかわかってるはずだ。

簡単に言うと願望から重要度を失わせる(願望という概念を幻想だと見抜く)ことなんだけど、そんなの無理だと思ってるから困ってるんだよね。
重要だからこその願望、重要だからこその本願なのだから。

でも、それが無理なら、もうゴリ押しするしかないんだよ。
必ず得られるのゴリ押し。そのうちその認識が当たり前になるまではとても苦しいと思う。
ただ、これも皮肉なんだが、色々やって結果的に認識が当たり前になればどうでも良くなるんだよ。

どういうルートをたどるにしろ、叶っている状態というのは重要度は低い。
重要度が高まる時は、叶っているものが失われそうになる時、叶えたい時、叶った前後、その時だけなんだよ。

それが既に叶っていて、脅かされることがない安定期にはそれに対する重要度なんて欠片もない。
そんなもん全然大切なものでもなんでもないという状態は、皮肉にもそれをどうとでもできるメンタリティなんだよ。
どうでもいいから、どうこうしようとは思わなくなるのもまた皮肉なのだがね。
その認識が、結果的にそれをどうにかしてしまうんだよ

達人さん
達人さん

ちなみに、モテる人は自分がモテることを当たり前と思っているか、恋愛にそもそも執着がない。
そのどちらにも共通するのは、世界に『モテる』という状態を現出させるために、積極的に叶えようとはしていないんだよ。
確信があるから、関心がないから、理由はそれぞれ異なるが、結局双方とも、あるがままに任せているんだ。
要は全てをあるがままに任せる状態が願望実現においては最強のメンタリティなの。

観念や認識というのは、要は記憶なんだよ。
この記憶を元にあなたの全ての思考や感情、行動は発生している。
ということは、思考や感情、行動には願望を叶えてしまう力はないんだ。

なぜなら、その大元になっている核が、記憶=『叶っていない』を大前提にしているからだ。
その記憶に忠実に従わざるを得ない思考や感情内でのアプローチは、それが真実だと自ら喧伝するようなものだ。

記憶を真実として扱う限り、永遠に記憶の中の世界と目の前の世界のギャップに、良くも悪くも翻弄され続けることになる。
思考の範疇でメソッドを捉える場合、間違いになってしまうのはこのためだ。
だからこそ、その記憶の枠の中から真実を解放しなきゃならない。
それがあるがままに任せる状態だ。

真実を思考や感情という檻の中から解放すること。それには、思考や感情、あらゆる記憶を幻想として見切ることだ。
これで真実は『  』になり、あらゆる概念は無に帰す。
そうしたら、あとはもはや何が何だかわからない状態だ。
あるがままに任せればいい。

難しいと思うかもしれないが、その難しいと思う心は、経験則でそう感じただけであり、逆に理解できたと思ったとしても、それも経験則でそう感じただけだ。
どちらも、記憶という幻想に基づいた勝手な思考による判断なんだ。

同じように、願望が叶っていないという認識も経験則でそう勝手に判断しただけだ。
不足は勝手に記憶が作り上げているだけだと気づければ不足はなくなる。
あらゆる概念は幻想と見抜ければ、結局はあるがままに任せるしかなくなる。
願望が幻想と見抜ければ、不足はなくなる。
不足がなくなれば、ある意味その瞬間に願望も叶ってしまうんだよ。

タイトルとURLをコピーしました