認識の変化のゴールはどこなんだろうとずっと探っていたけれど、「関係ない」、「関連性はない」っていうのがゴールかな。
ここに辿り着いたら、もうこれ以上何もしたくなくなったし、たぶんこれで合っているんだと思う。
どんな観念を持っている自分でも、それに関係なく、叶った願望を受け取っていいから、何もする必要がなくなった。
「願いが叶うこと」、つまり「現実は内面の投影である」という概念には、関連性がない。
メソッドをして叶う場合もあるし、メソッドをしなくても叶う場合もある。
どちらにも共通するのは、「願いが叶うこと」だ。
だから、メソッドをすることも、しないことも「願いが叶うこと」には関係がないわけで、それならば思考を整えるとか、ネガを潰すとかをする必要もないのではないか、となったので、最終的に、「どんな観念を持っている自分でも、それに関係なく、叶った願望を受け取っていい」ということに繋がった。
そして、ここが大事なところだけど、「自分に都合がいいことは繋げる」ことだ。
「何もしなくても願いは叶う」けど、エスパーじゃないから、願いが叶うタイミングはわからない。
叶う状況を整えるのは世界がすることだから、自分には何もできない。
「じゃあ現実化するまで・なにをして過ごそうか」っていうことで、メソッドとかがあるんだと思う。
別にメソッドでなくても、現実で自分をおもてなししててもいいし、自分の出来る範囲でやりたいことをしていればいいんだけどね。
メソッドの役割は、願望が現象化するまでの暇つぶしであり、いい気分で過ごすためのもの、ネガティブを和らげるためのもの、という解釈を、今は採用している。
要は、メソッドは、手持ち無沙汰なのを解消するためのツールである。
メソッドを使って楽しく暇つぶしするならアリだけど、楽しくメソッドできないならやめることだ。
それに、またやりたくなったらやればいいだけだからね。
自分を大切にしつつ、願望を受け取りましょうね、ということです。
それは、頭で理解することで行き着く、かりそめの終着点のような気がします。
わかったあとに、頭で整理した内容だから、そう感じるのも無理はないかもね。
基本的に、他の人が言っていることとは変わらないかな。
現れるまでにタイムラグはあるけど、すべてはあるんだよ。
でも、「すべてある」と言うと、やたらと期待させたり、頑張らせたりする可能性が高いから、そんな言葉は極力使わないようにしただけだ。
「どんな自分でも願望は叶うもの」であり、「叶える為に何かをする必要はない」んだ。
認識の変更のみを目指すスレ
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/9650/1447579794/
351 名前:幸せな名無しさん 投稿日:2016/01/17(日) 23:57:22 ID:bFKkPb4kO