【悟り】【自分さんpart16】あなたがヘアカットに興味がなければ、その世界すら存在しない。つまり、世界こそがあなたであり、あなたが極楽として捉えれば、極楽世界なのだ。【自分以外のすべてが自分】

達人part
【自分さんpart16】あなたがヘアカットに興味がなければ、その世界すら存在しない。つまり、世界こそがあなたであり、あなたが極楽として捉えれば、極楽世界なのだ。【自分以外のすべてが自分】
質問さん
質問さん

死ぬことで、すべてが解決するっていうのは、どうなりましたか

達人さん
達人さん

死が解決するのではない、死も流れである。
単なる出来事のひとつだ。
つまりあなたは、死であるということだ、これで伝わるだろう。

結局のところ、あなた方が生きている世界がすべてある。
あなたが見て、聞いて、感じて、様々なことを思う、それがあなただ。
スピリチュアルを、スピリチュアルとして捉えている以上、それは単なる知識でしかない。
体感するもなにも、その境地に立つもなにも、すでにそのど真ん中にいるではないか。
それに気付くことが、気付きと言われるものだ。

それは決して、現状に魔法をかけて、意のままに操るというものではない、逆だ。
現状の捉え方が変わることにより、すべて、あなたのために用意されているものを知る、ということだ。
すべてはあるがままだ。
変容はしない。
だから、あなたの捉え方を変えるのだよ。

あなたが借金まみれで、余命も短く、孤独なアパート住まいをしていて、それがいかに幸福の絶頂であるかを理解することだ、簡単なことだ。
こうして言葉にすれば簡単なことを、そもそもの概念として、そのように見ようとしていないから、問題なのだ。
だから、問題のある人生になるのだ。

見ようとしていない概念を持っているから、問題なのだ。
つまり、概念を捨て去ることだ。
あなたの知っている世界が、世界のすべてだ。
あなたがヘアカットに興味がなければ、それがない世界であり、興味があれば、美容師などの世界を知っているのかもしれない。

だが、すべての人々が、美容業界を知っているわけではない、なぜならば、それに興味がなければ、その世界すら、存在しないからだ。
だから、あなたの生きている世界が、あなたのすべてなのだ。
つまり、世界こそがあなたであり、あなたが極楽として捉えれば、極楽世界なのだ。

質問さん
質問さん

なんで自分という名前なんですか

達人さん
達人さん

私の名は自分である。
もし、あなたが私に語ったり、何かを感じたりするということは、あなたが自分自身に、そう反応しているという意味を持たせてある。
だから、私に対して話していることは、あなた方は自分に対して言っているのと同じことなのだ。

街を歩きながら、ゴミをポイ捨てするのは、あなたの世界を汚しているからであり、それを苦と取れば、苦なのだろう、快と取れば、快なのだろう。
なぜならば、いつも言っているように、あなたが普段自分と思っている以外のすべてが、自分だからである。
私の名は、自分であるが、私はいない、実在していない。
なぜならば、単に自分という概念だからだ。
つまり、私はあなたである。

この言葉を、どのようなカラーで読み取るかは、人それぞれだ。
だから私は、実体を持たない。
人それぞれに、この言葉がある。

私の言葉を読み取る人の、理解度の落差が大きいと感じている。
釈迦も、教団を始めた最初の頃に集まった人々は、修行を極めた者たちばかりだったので、理解も早かったというが、数千人規模になってくると、根本からの理解をしていない。

では、少し質問をさせてほしい。
青という色、それは何なのか説明しなさい。
色という答えはダメだ。
青という色とはなんなのか、それをあなたの言葉で答えなさい。
色は、名称以外に指し示すことはできない。
だから、青とは何なのかを説明してみなさい。

質問さん
質問さん

青色なんてない、とか、そういうのが答えなのだろうか、よく分からない

達人さん
達人さん

私は青とは何かを問うている。
つまりそれが何か、ということを答えなければならない。
その青という名称を外したら、それは一体何か?

最初に伝えたように、まずは本当の答えじゃない答えを言おう。
本当の答えへの理解、その段階を踏むためだ。
青とは何か、その答えは、青以外の、以外である。
つまり、赤や黄色、沢山の青以外の色があるが、それら以外が青である。
つまり青自体を指し示すことは絶対にできないのだ。
青以外のものがあって、青がある。
これを二元論と呼ぶ。

冷たいがあるから熱いがあるが、それぞれ単独には存在できない。
それ以外があるから、それ以外が生まれる。
つまり、実体はない。
この世界が、青という色しかなければ、青はない。
そういう世界は、色という概念すらない。
概念すら生まれない、それが一元論だ。
ないからこそ、すべてを包括する空間、それが無と言われるもので、概念がないから、我々はそれを捉えることはできない。

感じたとしても、それはイメージだ。
感じるという五感イメージすらも超えてこそ、無がわかる。
だがわかるものではない。
青とは何か、これは私がよく言っているように、自分とは、本来自分と思っている以外のすべてである、と同じことだ。
それ自体は、独立した存在ではない。
それ以外の隙間が、それである。

よくスピリチュアル本に書かれている通り、あなたは、名前、生まれ、特技など、外的要素でしか、自分を定義できないが、今日あった出来事や、いま感じていることなど、そういうことも、あなたを形成しているのだ。
つまり、あなた以外のすべてがあなたである。
あなたは実在しない。
あなた以外が、あるだけである。
ちなみに、あなた以外も、単独では実在しない。
それらも、それ以外による隙間である。

よって、答えは青以外の以外が、青の定義である。
これを、答えAとする、これは本当の答えではない。
だが、まずはこの段階を理解しなさい。

では、本当の答えを言おう。
青とは何かの正しい答えは、青とは何かだ。
我々は二元論に生きている。
先にも述べたとおりそれは、それ以外の隙間によるものだ。
ではなぜ、隙間を認識するのか。
それは、そこに意味を持たせるからだ。

私は青とは何かという質問を述べた。
当然、意味を探すわけだから、答えを求めて思案するだろう。
だが、すべてに実体はない。
つまり、求められるものではないのだ。
つまり、質問がただあるだけなのだ。

質問すらも、単なる質問である。
我々は質問と聞かれると、その答えを即座にリンクさせてしまう。
それはなぜか。
それは、そのように教えられてきたからだ。
1+1=、それは1+1=、があるだけだ。

数学を知らない原始人に尋ねてみればよい。
疑問という概念すら持たないかもしれない。
ただ、目の前にある、それを認識するだけである。
そこに疑問も答えもない。
ただそれがあるだけだ。
意味に結びつけない。

私は現実は現実だと言った、その通りである。
なぜそこに、苦しみや、快楽を意味付けるのか。
ただ、現実があるだけだ、その通りに受け取ればよい。
青とは何か、これが正しい答えだ。

質問さん
質問さん

話が長いです。

達人さん
達人さん

長いとは、短いがあるからこそ、存在できる概念である。
長いと短いは、それでひとつなのだ。
つまり、私の解説は、長くもあり、短くもある。
そして、そのどちらでもない。
この説明は、一元論の範囲だ。

要は、あなたの解釈がすべてだ。
私の解説にまだ足りない、と思う人もいるだろう、そういう人からすれば、短いのだ。
つまり、私の言葉は、長くもなく、短くもない。
その実体すら無い。
他者の解釈により、私の言葉は存在する。
だから私は、自分と名付けている。
私はあなたである。

私は、ただあるだけである。
私をどのように認識するかが、幻想である。
十人十色だ。
だが私は、単にそこにあるだけだ。

私を、現実に置き換えてみなさい。
苦しい現実があるのならば、それは単に、あなたが苦しいという解釈を与えているだけだ。
それが嫌なら、その解釈をやめれば良い。
現実はただあるだけになる。
これが、マネーゲームの脱出本で伝えられている真意である。

◆◆「ザ・マネーゲーム」から脱出する法13◆◆
483 :自分 ◆3wwHKM8d6k :2013/07/08(月) NY:AN:NY.AN ID:IOp6ldKt

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