【体感】「『ある』と『ない』、好きな方を選ぶだけ」エゴは目の前の現象を見て、「ない」って判断するけど、目の前の現象に対してラベリングを外すと、「ただ、そこに存在する」だけだった。【認識の変更】

体感・気づき・方法論
【体感】「"ある"と"ない"、好きな方を選ぶだけ」エゴは目の前の現象を見て、「ない」って判断するけど、目の前の現象に対してラベリングを外すと、「ただ、そこに存在する」だけだった。【認識の変更】
達人さん
達人さん

認識の変更に至って考えてみたけど、エゴは何においても、証拠提出を求めるよね。
「願望は既にあって、叶ってるんだぜ」って言えば、「どこにあるんだよ・証拠はあるのか」、「無いじゃん・見えてないし、持ってない」って反論してくるけど、実際のところ、「今」には、「既にある」と「ない」が存在していて、エゴは目の前の現象を見て、「ない」って判断する。
別の領域は、そういった選択肢すら無いので、全て存在する。
だけど、目の前の現象に対してラベリングを外すと、「ただ、そこに存在する」だけだった。

エゴがいっている「証拠」も、「既にある」も、根拠が無いんだよね。
どちらも突き詰めれば根拠が無い、ってことは、「既にある」でも「無い」でも、どっちを選んでも良い。

気がついてみれば呆気ない感じがする。
主導権は元々あったのに、目の前の現象が全てだと思い込んでいて、現実の虜になっていただけだったんだね。
エゴはまだ騒いでるし、認識が変わって目の前の何かが動いたわけでもないけど、穏やかな感じです。

質問さん
質問さん

その認識になったあと、選択したほうが現実にも現れましたか?

達人さん
達人さん

振り返ってみると、人間関係とか、ブランドものとか、軽い気持ちで「欲しいなー」って思ったものは手に入った。

質問さん
質問さん

目の前の現象に対して、具体的にはどんなラベリングを外したんですか?

達人さん
達人さん

例えば、お金について、「お金は、物とかを交換できるもの」ですよね。
一万円札があって、一万円札と同じような、価値のものと交換できる。
でも、「その価値を定めてるのは誰だ」って考えると、偉い人が決めたんだよね
昔は物々交換で、自分が木の実を持っていて、相手が兎を持っていたら、自分は木の実をあげるから、兎がほしいと交渉して、相手がOKって言えば交渉成立だ。

OKした理由は、「相手が価値があると思ったわけで、そんんあの要らねえとか、価値なんてねえって思えば、交渉は成立しない。

その価値をつけているのは、自分だったんだ。
突き詰めていけば、お金は紙と鉱物でしかない。
そこに人が価値をつけて初めて、お金としての意味が出た、それに気づいたのが始まりかな。

質問さん
質問さん

お金から「価値」というレッテルを取ってから、生活は変わりましたか?

達人さん
達人さん

目の前の現象は特に変わってないけど、お金が紙と鉱物でしかないと思ったら、「今までなんのために金持ちになりたいとか思ってたんだろう」と思ってる。
お金のレッテルが取れてから、財布にお金がなくても騒がなくなったし、そのうちくるんじゃないかなって感じだよ。
それに、心からの願いは金持ちじゃなかったことに気が付いたので、意図しなおしておいたよ
あとは完璧な潜在意識がやってくれるから、今現在を楽しむだけだね。

質問さん
質問さん

認識の変更に至った経緯を教えてください

達人さん
達人さん

「既にある」に至った経緯は、「既にあるんだなあ」と仮定して過ごしていたら、ある事象を目にして、自分の意図が反映されていることに気が付いた。
その事象を見て「嫌なことだ」と思っている自分がいて、これを判断しているのが「エゴ」なのか、じゃあ判断をしなきゃどうなるかな、すべてにおいて判断して、意味をつけているのがエゴなら、「自分自身」もエゴの意味付けにすぎないとしたら、一体私は誰なんだ」と、意味をつけていることを疑ったんです。

そうするとエゴは、「私は、どこそこに住んでいて、○○という苗字でね」って言ってきたんです
そこですかさず、「じゃあお前さんは、親にうちの子じゃないって言われたら受け入れるんか」って返したんです
そこでエゴは、必死に根拠探しをしているやつだと分かった。

私には、映写機の例えが一番わかりやすかったかな。
エゴは、流れているスクリーンの映像に一喜一憂していて、証拠探しを繰り返して「無いんだ」って言い続けてる。
でも、意識を持たない世界そのものの映写機は、ただ淡々と、エゴが意図したことを映してるだけである。

エゴが一喜一憂するのを辞めた時、自分自身が映写機だったと思いだす。
それにエゴが、物事を勝手に意味つけしてるだけだと気が付いたら、物質は物質で、それ以上でも以下でもない。
価値を取っ払ってしまえば、エゴが判断をやめたとき、すべて存在しているんだなって気づいた。
目の前のベンツに対して、「所有」という判断をしなければ、「既にある」んだ。
エゴは、目に見えるもので判断しようとするわけで、それに囚われることは少なくなったよ

質問さん
質問さん

「既にある」というのは、「物理的に既にある」として、過ごしていたんですよね

達人さん
達人さん

そうだよ、時間軸でいえば、過去に意図をしたことを観察したんだ。

既にあるなら、「既にある」がわからないうちから、現象になっているだろう。
観察してみると、意図を取り下げたもの以外はそこにあった。
時間の概念を採用すると、意図してからタイムラグがあると思う。
時間の概念を取っ払ってしまえば、「今」だけどね。

エゴが「こんな世界望んでない」って反論してたけど、この世界は私が作った、なんの不備もなく完璧に作り続けてるっていうことを、受け入れてみたんだよ。
そうしたら、色々なラベリングが出てきたよ、そのラベリング通りの展開になってたよ。
自分で自分を悲劇のヒロインにしてたんだって気づいた。
そして、そのラベリング通りのことを、ただ淡々と、映写機は写してただけだ。

認識の変更(チケット)のみを目指すスレ
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/9650/1467386279/
821 名前:幸せな名無しさん 投稿日:2017/12/19(火) 11:18:04 ID:Gb.t0.5o0

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