【方法論】【自己観察さんpart1】「自分を観察してる視点が別の領域」出来事に反応してイライラしても、あ、今イライラしてたわって気づいたら、元の観察してる位置に戻れる。

達人part
【方法論】【自己観察さんpart1】「思考や感情に淡々と気付くこと」思考や感情って、単にエゴの条件反射みたいなもので、自動的に反応してただけなんだってわかった。
達人さん
達人さん

私は、とある状況で、恥ずかしいなんて思う必要ない、堂々としていようって思ってることがあって、卑屈になってる自分を認めたら、自分がかわいそうだし惨めになる気がしてた。
でも、これ蓋じゃね?って気づいて、別に恥ずかしくてもいいじゃんってすんなり思った。
そしたら瞬間的に、今まで卑屈に感じてたけど、抑えてたものがシュワァって溶けていった。

で、今まで、恥ずかしいとか恥ずかしくないとか言ってたのはエゴで、私はそのエゴと一体化してたんだってのがわかった。
そのエゴを認める視点っていうのは7章の視点だったよ。
自愛が7章に行き着くっていうのは、こうゆうことだったのねって思った。

認めたくない自分を認めるのは、ぜんぜん惨めなんかじゃなかったよ。
どんな自分も本当に素敵な自分なんだなって思った。

質問さん
質問さん

わたしはずっと自愛をやってるのに、本心では全然愛せてないです

達人さん
達人さん

私も、自分を愛するってよくわかんないって思ってて、愛してるよ、大丈夫だよって自分に話しかけても違和感があった。
でも自愛って、今までずっと無視してきた部分に気づいてあげることなんだと気づいてから、自分からの反応が変わってきたよ。
あ、私ってこんな部分があったんだなって気づく。
そこでそんな自分を責めてる自分がいたら、あ、責めてるなって気づく。

そこで無理に許そうって思うと許せないってエゴが出てくるから、客観的に、淡々と気づくだけでいいみたい。
自分を愛さなくちゃってなると エゴと一体化しやすいけど、この淡々とっていう感覚が、エゴとは別の領域につながりやすい気がする。

自愛っていうより、自己観察っていうほうが近いよね。
出来事に反応してイライラしても、あ、今イライラしてたわって気づいたら、元の観察してる位置に戻れる。
これを続けていたら、思考や感情って、単にエゴの条件反射みたいなもので、自動的に反応してただけなんだってわかった。
そうやって繰り返してるうちに、この観察してる自分って何者だって思い始めて、そこからチケット7章が始まったよ。

質問さん
質問さん

イライラしてるなあと気づいてもイライラは全然止まらない

達人さん
達人さん

それが普通だし、わたしもそうだった。
でもイライラしてる自分とそれを見てる自分って別じゃない?
だから元の視点に戻るって表現しちゃったけど、飽きるまでイライラし続けてていいんだ。
ただ、それを見ている自分に気づいていようねっていうだけ。

その視点を信頼できれば、そこが自分の意識の置きどころとして、自然にそこにいられるようになる。
っていうか、今までも無意識にそうしてたんだけど、今度は意識的にいられるようになる。
自己観察することの意味っていうのはつまり、今までは無意識だったので、実現力のないエゴが主導権を持とうとしてたんだけど、意識的にそこにいることで、別の領域が主体になるから、願望が実現するってことなんじゃないかなと思います

質問さん
質問さん

今あるものに満足するってことですか?

達人さん
達人さん

今あるものに満足するっていうより、世界(=自分)を信頼してお任せしちゃえば、自分で考えつく以上の、完璧なことしか起こらないなっていう、絶対的な安心感がある。
ホテルの部屋が、スタンダード料金でスイートルームにグレードアップされたりとか、興味のある分野で活躍してる人と出先で知り合えたとか、おいしいもの貰ったりとか、そういうことが向こうからやってくる。
なので自分であれこれリクエストするより、自分にとっては楽なんだ。

自己観察って、ある程度は誰でも無意識にしてることだと思う。
その観察してる視点が別の領域だって気づいたときも、あまりにも身近すぎて、もっと特別な感覚じゃなきゃいけないと思ってたから、最初は確信がもてなかった。
そういう意味では、みんな既に別の領域にいるんだよね。
じゃあなんで叶わないのかっていうと、自覚してるかどうかの違いじゃないかと思う。

私の場合は、この自分を観察してる視点が別の領域だって気づいてから、ここは絶対安全で、完璧な場所だ って感じで意識的によく浸ってた
そうやって、絶対的な安心感のある場所に浸ってると、心地よくて幸せなので、自然とそこにいる時間が増えてくる。
その領域にいる自分に対して確信がもてるようになったら、認識も変わってた。

だから最近は、観察しようと意識しているというよりも、その場所にいれば、思考や感情が流れてるのでそれをふーんって眺めてる感じ。
あと、前に比べて無駄なループ思考が減ったと思う!
仕事しながらでも、誰かと会っていても、段々自然にそういう自分でいられるようになって来た。
思考にはまりこんでて、しばらくたってからはっと気づくことも多いけど。

なので、淡々と自己観察しながら、並行してその視点に対する信頼度を高めるっていうのがいいんじゃないかと思う。
別の領域に浸るってのは、愛に浸るってことと同じだから、結局これも自愛だけどね。

引用元:ザ・チケット板
108式実践談スレ
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/10211/1263787141/

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