【独自】「願望は大したものではない」自分の願望は価値があると思えば思うほど、皮肉なことに、難易度がハードになってしまうのです。ゲームはイージーモードに設定して、さくっとクリアをしてしまえばいいのです。

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【独自】「願望は大したものではない」自分の願望は価値があると思えば思うほど、皮肉なことに、難易度がハードになってしまうのです。ゲームはイージーモードに設定して、さくっとクリアをしてしまえばいいのです。
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「願望はたいしたものではない」と言われて、あなたはどう思いますか。
願望を、「喉から手が出るほど叶えたい」と感じている人にとっては、とても受け入れがたい言葉だと思います
自分にとって大事な大事な願望を否定されたとなれば、人によっては怒りがわいてくるかもしれませんし、深く傷つくことになるかもしれません。
そう感じた人は、申し訳ありません。
ですが、願望を大切に思い続けることは、あなたにとって利益など無いということを、これからご説明します。

まずはじめに、願望実現が難しいと感じてしまうのはなぜか、ということについて、考えてみます。
人はなぜ、願望を叶えることは難しい、と感じてしまうのでしょうか。
それは、自分で難しく設定しているからです。

たとえば、あなたがあるひとつの願望をいだいたとします。
それは、ゲームに例えてみれば、「願望実現ゲーム」というタイトルのゲームを買ったということです。
そして、そのゲームをクリアすると、あなたの願望が実現する、ということにします。

ゲームを始める前に、イージー、ノーマル、ハードと、難易度の選択をすることになります。
そうしてあなたは、無意識にハードを選んでしまうのです。
そう言われると、いやいや、そんなことはない、わざわざハードを選ぶわけがない、そもそもこのゲームの難易度がハードなんだよ、と思われるかもしれません。

ですが、それでも私は、あなたが自分自身で難易度を設定していると言わざるを得ません。

何故わざわざ、難易度をあげてしまうのでしょうか。
それは、難易度を高く設定したゲームをクリアすれば、クリアしたときの喜びがそれだけ大きくなるからです。
叶えたときに、より大きく喜びを味わうために、わざわざ難易度を高く設定しているに過ぎないのです。

「縛りプレイ」というのがあるように、ゲームというのは、難易度を高くしたぶんだけ、クリアしたときの達成感があって、楽しく感じるものなのです。
イージーモードでクリアをしても、「イージーだから大したことがない」と感じて、あまり喜びを味わえないために、ハードに設定してしまうのです。

逆に言えば、自分の願望が「大したことがない」と思いたくないから、わざわざ難易度をハードにしているようなものです。

自分の願望は価値があると思えば思うほど、皮肉なことに、難易度がハードになってしまうのです。

そう考えると、そんなことをしていた自分が、バカバカしくなってきませんか。
ゲームは、イージーモードに設定して、さくっとクリアをしてしまいましょう。

では、どうすればイージーモードに設定できるのか、と思うかもしれませんが、特になにかをする必要はありません。
なにもしないのが不安であれば、今この瞬間に、「願望はたいしたものではない」と認めてください。
そうすれば、ゲームの難易度が「スーパー・イージーモード」になり、特になにもせずに、特に達成感もなく、ゲームはクリアしているでしょう。

それを聞いたら、そんなのつまらないよ、と思うでしょうか。
もしかしたら、そんなゲームは楽しくない、やりごたえがない、と感じるかもしれません。
そう感じた人は、やはり無意識に難易度を高く設定してしまっているのです。
願望を叶えるまでの過程に夢中になってしまい、クリアそっちのけで、一喜一憂しながら、ゲームを楽しんでいるのです。

ではここで、あなたが今までに叶えてきたことを思い返してみてください。
あなたが叶えてきたことというのは、叶えた今になって考えてみると、「たいしたことではなかった」と思いませんか?

叶える前には、どんなに難しいと思っていたことでも、叶えたあとに考えてみると、「たいしたことではなかった」と思いますよね。
願望は、叶えたあとに考えてみると、たいしたものではないのです。

それなら、願望を叶える前であっても、「たいしたものではない」と思っていても、間違いではないですよね。
叶えたあとには、どっちにしろ、「たいしたものではない」と思うものなので、そのことをさっさと認めてしまえばいいのです。

私は叶えたあとでも、願望を大切に思いつづけますよ、大事にしますよ、という人も、なかにはいるかもしれません。

叶えたあとでも、願望を大切に思い続けるというのは、とてもいいことのように感じるかもしれません。
では、難易度をハードにした願望を、あなたがボロボロになりながら、やっとの思いで叶えたとしましょう。
ゲームはハッピーエンドになり、あなたがボロボロになったぶんだけ、幸せな気持ちを味わうことになるでしょう。

ですが、その叶えた願望を、いつまでも大切なものだと思い続けていると、今度は、その大切な願望をなくしてしまうのではないか、というおそれをいだくことになります。
やっとの思いで叶えたあとに、また新たなゲームに取り組まなくてはならなくなります。
それは、いうなれば、願望を失わないためのゲームです。

そうなると、いつまでたってもゲームに取り組む羽目になってしまいます。
このことを考えてみれば、願望は「たいしたものではない」と思っていたほうが、願望の難易度も下がり、実現の確率も高くなるし、叶ったあとの心配もないし、いいことずくめではないでしょうか。

そうはいっても、あまりにも簡単なゲームは、やりごたえがなくてつまらないと、最初は感じるかもしれません。
ですが、願望を大切に思い続けることは、難易度をハードにすることになり、叶いづらくなり、叶ったあともゲームを続けることになり、あなたにとって利益などないのです。

いつまで経っても叶わないと感じている人は、「願望はたいしたものではない」ということを認めてみてください。

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