【体感】『「私」というものはいなかった』「願望を叶える」という体験は、「私」という認識がないとできない。だから、認識が変わった人は、「叶えたい」という認識をもてなくなる。

体感・気づき・方法論
【体感】『「私」というものはいなかった』「願望を叶える」という体験は、「私」という認識がないとできない。だから、認識が変わった人は、「叶えたい」という認識をもてなくなる。
質問さん
質問さん

チケット7章がわからない場合、到達したい場合、どうすればいいんでしょうか?

達人さん
達人さん

7章は言語化できないよ。
108さんが書いてるのがギリギリだと思う。

捻くれさん、よしおさん、自己観察さん、桑田さん、人それぞれの発言が、どの視点からのものかを理解して読まないと混乱するよ。
個人的には、7章の発言は、スルーしたほうがいいと思う。
わかってしまえば、どこからの発言でもわかるようになるけど、まずはしっくり来るひとの発言に絞って読み込んでるほうがいいんじゃないだろうか。

悟ると、「私」というものはいなかった、という見方になる。
「私」がいないんだから、内面の投影も何もなく、世界はただ起こってる、としか見えなくなるわけです。

でも、幻想とはいえ、「私」を認識して願望を叶えたい、幸せに生きたいと思ってるなら、「私」を通して世界を見ているわけだから、「世界」=「私」の内面の投影になる。
だから、幻想の中の「私」の体験を、十分に楽しめばいいんだよ。

質問さん
質問さん

願望を叶える事と「私」の体験を楽しむっていうのは何ですか
願望叶えたきゃ、「私」の体験を楽しめって事ですか

達人さん
達人さん

7章は、「私」についてはっきり言及してないけど、全体とひとつであるとき、「私」という認識はもてない。
なぜなら、全体そのものだから、全てがあるから、願望は持てないんだ。

「私」というのは、全体からの分離。
全体から分離したときに初めて、「私」=個であるという認識が生まれて、分離したから「願望を叶える」という概念が生まれる。
逆を言えば、「願望を叶える」という体験は、「私」という認識がないとできない。
だから、認識が変わった人は、「叶えたい」という認識をもてなくなる。
なぜなら、どれを選んでも、「叶わない」ということが体験できないからだ。

だから、「叶えたい」という認識でいるなら、「私」という、分離の幻想を楽しめばいいんです。
「私」という分離の視点から、「全体そのもの」の意識を体感することは不可能だが、「私=世界」として、最大限に、「全体」に近い視点で、「人生を楽しもう」と決めればいいと思います。

質問さん
質問さん

例えば、金持ちになるためには、「私」には何も出来ないのですか

達人さん
達人さん

「欲しい」というのは、「ない」が前提だから、分離ということだ。
全体そのものの意識になれば、「欲しい」ということにならない。

「私」という分離意識に理解できる、全体意識に一番近い認識は、「私=世界」だと言いました。
「私」ができることは、「私=世界」の認識を採用することです。
金持ちになりたいなら、「なりたい」という認識じゃなく、「なっている」を採用することで、金持ちになってる世界が展開する。

質問さん
質問さん

腹が減っていない、腹がいっぱいになってる」というのを採用しても、腹が満たされている世界は展開せずに、腹は減ったままです。

達人さん
達人さん

全体そのものの意識になるというのは、いわゆる「認識の変更」というものだ。

この世界は、一応時空間が存在してるので、腹が満たされた世界を選択したからといって、食事しなくても腹いっぱいになる世界が展開することはあまりない。
食べものが供給されることのほうが多いだろう。

全体の認識になったからといって、空腹感がなくなるわけでもない。
空腹になったとしても、「ただそうである」という感じだ。

空腹感、飢餓感などは、人間の本能に基づくものとして根深いものだから、そこから全体性を理解しようとするのは、取っ掛かりとして難しいと思う。
腹が減ってるなら、どうすればいいのか考えずに、食事をすればいい。

質問さん
質問さん

あなたが言っているのは、潜在意識的に言えば、どういうことですか

達人さん
達人さん

潜在意識的に表現すると、顕在意識では、現実を見て「ない」、ないから欲しい、と認識するが、すべては潜在意識から生み出されて現実が展開するのだから、現実を見て、あるとかないとか判断するという行為は、優先順位を間違えてる。

潜在意識と繋がっていれば、「潜在意識の中にすべてがある」ことが感じられるから、目の前になくてもそのうち実現するという安心感がある。
「やっぱり叶わないかも」とか、「そのうち叶うというのじゃ困る」とか、そんなふうに思うとしたら、潜在意識と繋がっていない=分離してるということ。

つまり、潜在意識とうまく連携が取れていないから、「手に入らないかもしれない」という不安があるわけで、「欲しい」という渇望が生まれるんだ。
簡単に手に入ることがわかってるものには、「願望を叶える」という認識をもちにくい。
だから結局は、「潜在意識が叶えてくれることを信頼できてるかどうか」、この部分の認識が、最終的に実現を左右する認識といえる。
「絶対にうまくいく」という認識があれば、何もしなくても叶う、ということになる。

ただ、実際に目の前に「ない」が展開してるのに疑いを持たずにいることは難しい、と思ってしまい、潜在意識よりも、目の前の出来事のほうを優先してしまう人は、認識を変えることについて、あれこれ考えたりするよりも、「楽しもう」と決めることのほうが単純だ。

潜在意識にはすべてがあるが、意思決定は顕在意識の仕事、と言われてると思う。
「どうすればいいんだ」という思考の方向性だと、潜在意識の中に存在する、潜在的な可能性が「どうすればいいのか」となってしまい、ループしてしまう。

だから、「楽しもう」と顕在意識が決定して、楽しい方向に気持ちを向ければ、その方向に現実が展開する。
潜在意識では、世界は内面の投影ということが前提だと思うので、そうなるしかない。

それと、「楽しもう」と決めることは、「今」に強力に焦点を合わせることになるから、「今に在る」ということは、不要な観念とか、抵抗が関係なくなる。
なぜなら、これらは過去に関連するものだからだ。
「楽しもう」と決めることは、最も願望が叶いやすいメンタリティーでもある。
「楽しもう」とするのに、「何かの根拠があるの?」とか「どうすれば楽しめるのか?」とか、そういったものもいらない。
そんなのは一切すっ飛ばして、たった今、楽しむと決めればいい。
「楽しもう」とするのは、顕在意識で出来ることのなかで最良のことだ。
シンプルなことだから、あまり難しく考えすぎないようにするんだ。

潜在意識を使いこなす達人が集うスレ その6
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read_archive.cgi/study/9650/1317554328/-100
65 :幸せな名無しさん:2011/10/04(火) 09:15:23 ID:7Y853Uf20

タイトルとURLをコピーしました