【体感】【自我幻マンさんpart6】元々原因自体が思い込みだからです。原因があると思っていたのも、それに苦しんでいたのも自分です。本当に叶えたいものなら、幻だろうが、叶うもんは叶います。

達人part
【体感】【自我幻マンさんpart6】元々原因自体が思い込みだからです。原因があると思っていたのも、それに苦しんでいたのも自分です。本当に叶えたいものなら、幻だろうが、叶うもんは叶います。
質問さん
質問さん

自分の感情にも認識にも力はないのに、なぜ苦しみがなくなれば、その原因もなくなるのでしょうか?

達人さん
達人さん

元々原因自体が思い込みだからです。
原因があると思っていたのも、それに苦しんでいたのも自分です。
不足というか、そんな原因が無くなれば現実が変わるというか、こだわっていた部分が消えるので、変わったように見えます。
認識する自分が幻だと分かれば、見え方も変わるってことです。

見え方が変われば、願望が実現したり、幸せを裏付けるような出来事が起きたりという形で結果が現れます。
その見えかた(結果)に対して、なんで私はこう見えるのだろうと原因探しを始めると、また振り出しに戻るといった感じです。

私には願いがある、そして、願いを叶える為に、思考、感情、認識を変えよう、そして、叶った、というのが、幻と気づく前の流れ、メソッドなどを使った従来の道、これなら自分に何か力があるように見えますよね。

幻と気づいた後の流れは、全部幻じゃん、制限も原因も方法も幻じゃん、あれっ叶ってるって感じです。
叶っていないものをわざわざ認識する事が無くなるんで、自動的に叶います。
というか、叶っていないと認識している自分が居なくなった結果が出ます。
その自分は、その結果を見てあれこれ考えたり判断する事しか出来ないから、力の無い幻みたいなもんってことです。

(願いとその実現も)、自分によって全てが認識されている、そして、その認識は勝手に自動的に起きている、自我に力は無い、それならどうしようもない、幻と気づくってことです。

叶っていないという認識の上で、成り立っている自分を変えるには、これまでのように、メソッドで納得させて自分に力があると騙すというか、そう見せる方法があります。

そのメソッドに納得出来ないのなら、認識しているもの(自分)自体が、あやふやで幻みたいなもんだと気づくしかないんじゃないの、というのが、ここまでの説明です。

僕が納得したプロセスは、メソッドしても上手く行かない、そもそもなんでメソッドで叶うのかな、自分の力って何だろう、自分って何だろう、自分ってそもそも幻じゃないの、幻なら何も気にする必要ないよね、そして原因探しを終了し、勝手に叶うじゃん、やっぱそうかと確信する、という感じです。
メソッドで上手くいかなかった僕の、回りくどくてシンプルな道です。

100%叶える為には、手段、原因、方法など、全てを手放していくんですが、手っ取り早いのが、自分と言う存在の思い込みに気づく事です。
その過程で、本心では願ってない願望は、願望じゃ無くなります、というか、願望じゃないと気づきます。

それに気づいて、手放した上でまだそれが願望なんだったら、それは、願望が願望では無いことを認めたくない状態であるとも言えます。
本当に叶えたいものなら、手放そうが幻だろうが、叶うもんは叶います。

大事な自分を幻だとしてしまう事や、手放そうとする事は、自我からしたら自殺みたいなもんですから、
憂鬱で、苦しくて、どうしようも無い気分になると思います。
そんな大事な自分の持ってる、重要な願いなら尚更です。
ただ、そんな時にすら、やっぱり悲しくて苦しい自分が絶対に居るんです。

頭だけで理解すると、自分の意志とは関係の無い、叶う願い、かなわない願いがあるように感じると思いますし、それに翻弄される自分がいて、落胆させてしまうかもしれません。
しかし、その自分自体が幻みたいなもんだと気づいたなら、納得していただけると思うんです。

色んな言い方はしてますが、叶えたいと思ったら叶う、願ってないなと思ったら叶わない、って自分で判断が出来るってだけです。
そこには、諦めるしかないかという悲壮感はありません。

私が言うことで一喜一憂する前に、その浮き沈みを繰り返してる自分に気づいてしまいましょう。
寝てる時以外、四六時中くっついてまわってるあなたという存在、それは本当に絶対的なものでしょうか。

要するに僕は幻である事に 幻自身が気づいた後の認識について解説してるだけなんです。
その気づいた後の気持ちや思考だって、結果に過ぎません。

考えるな、感じろで終ってしまう事なんですが、それでも考えたいですもんね。
苦しんだり、悩んだり、願ったり、渇望したり、怒ったり、喜んだり、色んな思いが生まれていますが、その全てに付いている私というもの、これに気づけさえすればオールOKだと思ってます。

質問さん
質問さん

全て幻、願いを認識している自分も幻なら、願いも、認識ありきの世界からは消えてしまうのでしょうか。

達人さん
達人さん

願い自体には、大事で、難しくて、叶いづらいもの、という要素が既に含まれてます。
そんな願いが消えたらどうなるでしょうか。
残るのは、叶う、叶ってるって事だけです。
願いだけを大事に、これだけは幻では無い、と認定してしまうのもまた自分です。

質問さん
質問さん

私が幻なら、受け入れることも、受け入れる対象もなくなりますね

達人さん
達人さん

面白いですよね、どこまでもどこまでも、どうしようもなくて笑っちゃうくらいに、自分が無限に顔を出します。

質問さん
質問さん

自分を幻だと気付くにはどうすれば良いですか?

達人さん
達人さん

どうすれば、という自分の動きを、一旦止めてしまうといいと思います。
今この瞬間にも、疑問をいだき、方法を求める自分が必ず居ますよ。

そもそも叶うと思う事も、叶ってると思う事にも、また叶ったと思う事にも、その主語にやっぱり自分が居るから思うのです。
願う自分、叶うと思う自分、叶ってると思う自分、どこまで行っても、それを判断するあなたが居ます。
確かに、その自分が消えれば、認識する対象も無くなる訳です。

例えば、寝ている時なんか分かりやすいです。
願いも、叶うも、全部寝ている間は消えてます。
自我が無い状態で、認識する存在が居ないので、そこには何もありません。
寝ている間は、あるもないも認識できません。
では、起きている時はどうでしょうか。
そこには、認識のみの世界が広がってます。
自分ありきでしか存在しえない、認識だけの世界です。

何が可能で、何が不可能か、何が良くて、何が悪いのか、どう行動して、何を答えとして、どこに向かっていくのか、そして、何を願望とし、なにをもって叶ったとするのか。
ここでは、自分という認識によって、全てがあり得ます。
どんな認識にも、自分が100%くっついています。
その全てがあり得る世界の中で、自分という窓を作って、
自分という範囲の中から願いや叶うも認識しています。

そんなふうに、起きている間は、自分という認識の窓があるからこそ、寝ている時とは違い、あるもないも認識出来ます。
まあ、自分が居るおかげで、世界を認識出来ると同時に、そんな自分が居るからこそ、ないを見て苦しんでいたんですけどね。

そんな認識のみの世界の中で、これはただ、私が認識しているから成り立っている世界なんだな、と気づく事が、自我は幻だという僕の話で、その中で、この認識そのものが、ただ存在しているだけと気づいたなら、認識のみの世界の中で、認識する存在(=自分)が消える訳です。
つまり、全てがあり得る世界で、その一部を見るための、自分という窓が消えるって事です。

実際には、自分は消える訳じゃないですけどね、消えたら何も認識出来ないですから。
まあ、自分が存在しながら、その自身の制限を勝手に決める必要は無い と気づく訳です。

全てが幻と気づいた後で叶うが何故残るのかという話ですが、それは自分という制限が無くなった自分が、全てがある事に気づいたなら、あえてないを認識しようとは思わないってだけの事です。

要は自分にとって、一番都合のいい世界を認識しだすって事です。
あったりなかったりより、全てあるの方が良いですもんね。
あるもないも認識出来る世界の中で、自分に一番都合の良い認識を選ぶようになるっていう事です。

潜在意識を使いこなす達人が集うスレ26
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/9650/1406792429/
227 名前:自我幻マン 投稿日:2014/08/07(木) 18:46:59 ID:KehDqGOQ0

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